熱処理が炭素含有量0.4%の鋼材に及ぼす影響
・・・S40C、SCr440、SCM440およびSNCM439では・・・

1.熱処理方法による硬さの変化

研究室で私の指導を希望した学生には、最初に必ず体験させる実験がありました。それは、おおよそ0.4%の炭素を含有(0.4%C)するS40C(機械構造用炭素鋼)、SCr440(クロム鋼)、SCM440(クロムモリブデン鋼)およびSNCM439(ニッケルクロムモリブデン鋼)を大きさφ25×25mmの供試材に加工し、各種熱処理を施す実験です。 これは、0.4%C、Si(けい素)、Mn(マンガン)、P(りん)、S(硫黄)の5成分のみを含有するS40Cに対してCr(クロム)、Mo(モリブデン)およびNi(ニッケル)が含まれる鋼材との比較になります。

表1

熱処理方法は、860℃の焼入れ、860℃焼入れ後の180℃低温焼戻し、860℃焼入れ後の600℃高温焼戻し、860℃からの焼ならしにより、どのような特性が出現するのか、硬さ試験および金属組織試験で確認するものです。

表2

下表は、それぞれの材料で出現したロックウェル硬さCスケール(HRC)の測定結果をまとめたものです。

表3



2.焼入れおよび180℃の低温焼戻しの硬さ

860℃で4種類の鋼材の焼入れを行ったところ硬さの差異はほとんどありません。理由は、どの鋼種でも素地の結晶組織であるマルテンサイトの硬さが測定結果に反映されたことによります。 焼入れ後に行った180℃の低温焼戻しでは素地の結晶組織である焼戻しマルテンサイトの硬さが測定されたので、焼入れのままよりは2~4ポイント硬さが低くなります。

その結果、4種類すべての鋼材で焼入れと焼入れ後の低温焼戻しでは素地の結晶組織であるマルテンサイトと焼戻しマルテンサイトにより同じような硬さとなっています。これは、4種類の鋼種すべてでフェライト中に侵入したC(炭素)がHRC硬さに影響していることになります。表面上、Cr(クロム)およびMo(モリブデン)の炭化物は硬さに影響を与えてはいません。





3.焼入れ後の600℃高温焼戻し硬さの比較

焼入れ後に600℃の高温焼戻しを行うと硬さは、どうなるのでしょうか? ここでは、炭化物の影響が顕著に現れます。

S40Cでは結晶組織全体が軟らかいソルバイトになります。600℃焼戻しにおける22HRCの値は、ソルバイトの硬さであると言えます。

SCr440の31HRCという値は、S40Cの22HRCよりも9ポイント高い数値となっています。これは、SCr440に含有されるCr(クロム)の炭化物が9ポイントという差を生じさせた結果です。

SCM440にはCr(クロム)とMo(モリブデン)が含まれています。この二種類の炭化物が、ソルバイトの素地に入り込みS40Cの22HRCよりも11ポイント高い硬さを出現させているのです。

SNCM439におけるNi(ニッケル)の影響はあるのでしょうか? Ni(ニッケル)は炭素当量に影響を与える成分であることに間違いはありませんが、今回のような粗っぽい実験では、ほとんど無視しても構いません。炭化物を作らないと言っても過言ではないでしょう。SNCM439の34HRCという測定値は、22HRCという素地のソルバイトに混在しているCr(クロム)とMo(モリブデン)の炭化物の硬さだと理解して良いでしょう。ただし、Ni(ニッケル)は伸びと衝撃値の向上には役立つ成分です。

今から50年ぐらい前までであれば、Ni(ニッケル)は衝撃値に効果を発揮するなど重要な添加成分でした。ところが今日では、高価な割に効き目がそれ程でもない、ステンレス鋼のような一部の鋼種でしか効用が見出せなくなった、という評価になっています。





4.Ni(ニッケル)、Cr(クロム)およびMo(モリブデン)が質量効果に与える影響

最後は焼ならしです。焼ならしは全ての試料を針金でしばり、860℃に加熱保持した後で炉から取り出して空気の流れの無い室内で放冷します。これを大気中放冷と言います。 S40Cは8HRCと言う軟らかい値を示しています。これは、質量効果が大きいために非常にゆっくりと冷却されているからです。ちなみにHRC値での20未満は参考値ですから表3では測定値の“8”を“()”で示しています。

SCr440、SCM440、SNCM439は添加成分の種類が多くなると順に硬くなります。硬くなる理由は、合金の添加成分であるNi(ニッケル)、Cr(クロム)およびMo(モリブデン)が入ることにより内部まで早く冷やされるからです。この“表”の数値からは多種類が少しずつ添加されれば早く冷えて硬くなる、すなわち質量効果が小さくなることが理解できます。



5.まとめに代えて

鉄鋼材料に初めて触れる学生は、基礎実験をとおして硬さから各種添加成分の効用を理解することができます。今回は組織写真の掲載はしていませんが、熱処理前と後の金属組織の相違についても興味を深めることになります。 さらに高速度工具鋼、合金工具鋼などについての基礎実験を進めていくことで鋼材の本流についての知見を得ることになります。 鉄鋼材料を理解するには、基礎実験をとおして興味を呼び起こすことが一番の近道であると考えています。

硬度はあくまで今回の供試材寸法(φ25×25mm)で得られたものであること、また焼入れ時の冷却方法も水冷であることを考慮していただく必要があります。
実務上は質量効果により得られる硬さはこの実験とは異なりますのでご留意ください。

 


(文責 木村栄治)
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